みなさん ! ごきげんいかがですか。
今日の辻説法は !
【 南無伝教大師 】 です。
あの~ 和尚さん ! の場合は
【 南無日蓮大聖人 】 ではないのですか ?
そうですね ・ ・ ・ 今まで漠然とそうのように思っていました。
いきなり何なんですか ?
日本天台宗の開祖 【 最澄大和尚 】 に御帰依されたのですか ?
【 南無伝教大師 】 とはそういう意味でしょ ?
はい ! 南無妙法蓮華経の 【 南無 】 ですから
当然その意味以外ありません。
でも南無伝教大師と言われ書かれたのは日蓮聖人なのです。
大曼荼羅の中にハッキリと書かれています。
何かあったのですか ?
はい ! あったのです。
9月4日に偽りの寺を出て16日に辻説法を再開しました。
それからずっと鳥肌が立ちっぱなしだったのです。
誰かに引っ張られているような感覚です。
決して無理矢理ではありません。
むしろ後を優しく押されているような感覚です。
右に行け !
左に行け !
止まれ !
立ち止まるな !
迷う事なく進め ! など等です。
一体 ! 誰なんだろう ?
それが辻説法 1117 【 虎を作った人 】 で
はっきり分かりました。
『 天正年間信長の比叡山焼き討ちの際織田信長に追われて
万木 ( ゆるぎ ) の森に隠れ住み帰農した万木城主能登守高城の
末孫五郎右衛門貞次が近くの阿弥陀山で伝教大師最澄が唐から伝えた
中国硯の原石 ・ 玄昌石によく似た粘板岩を発見したのが起源です。 』
拳骨和尚は平成九年五月二十一日に最初の大曼荼羅を書写して
平成二十一年七月三日に二千体の書写を満行しました。
その大曼荼羅の中で間違いなしに
【 南無伝教大師 】 を二千回書いたのです。
大曼荼羅に勧請の諸仏・諸菩薩・諸天善神の諸尊はじめ
龍樹菩薩・天台大師・妙楽大師にも
【 南無 】 を冠して書きつづけてきました。
日本の仏教総合大学の天台宗の開祖 ・ 伝教大師のお名前に
南無を冠し !
二千回 !
も書いた人間は ・・・
1200年の間に ・・・
おそらく拳骨和尚だけ ・・・
間違いありません。
言葉は文字に ・ ・ ・
文字は言葉に ・ ・ ・
言葉も文字も本質は同じです。
しかし ・・・
効力が違うのです。
※ 口約束 【 言葉の上だけの約束。 証文に対して言う 】
※ 証文 【 証拠になる文書 】
国語辞典にはこのように書かれていました。
今回比叡山延暦寺のお膝元
滋賀の大津の堅田の偽りの寺に連れて行かれたのも ・・・
南無伝教大師と二千回もお書きしたからではないかと
思い始めました。
なんだか急に !
伝教大師最澄大和尚の後押しのような気になりました。
ひょっとすると寺を離れるのもそうだと思えるようになったのです。
また !
新天地で三回目の大曼荼羅一千体の書写を始めよう !
今度は経典の写経と仏画も始めよう !
しかし経典は五千巻もある !
面倒臭いから !
五千巻全部写経しようか ?
いや !
体が !
いや !
寿命が足らんわい !
なんて勝手なことを考えている拳骨和尚になりました。
PR
トラックバック
トラックバックURL: